人生で初めてタピオカを飲んだ
皆さんはタピオカという飲み物をご存知でしょうか?
そう、最近、中高生のあいだで大ブレイクしているあれだ。
たちまち、タピオカ屋さんを見かけるたびに、行列ができている。それは、ディズニーのアトラクションの待機列のように、通りすがる者をぎゃふんとさせる。
そして日本人たるもの、行列ができているお店を見かけるとなぜか無性に気になってしまう。
何かに操られるように、ふと気づけば、僕は行列に並んでいた。看板にはタピオカという4文字が羅列している。
なんだろう、タピオカって。
なにかしらの飲み物であるということ。そして、タピオカは、普通のドリンクとは違い、直径5ミリくらいの丸くて黒い粒のようなものが入っているということ。
これくらいの知識しか頭にない。
人間たるもの、初体験というのはとても緊張するけれど、とてもワクワクする。
そんな無意識下で働く欲望が、僕を行列に向かわせる。まだ見ぬ未知のドリンクに僕は手を伸ばそうとしているのだ。それはある意味、狂気である。
昨今の日常は情報でありふれている。
おそらくブームやトレンドといった類のものは、こうした未知の経験を求めたがる人たちが、こぞって作り上げるものなのだろう。
拡散が拡散を呼んで、細胞分裂のように爆発的に情報が広がっていく。その結果できあがった構造が、今の現状なのだろう。そしてタピオカという名前に少しかわいらしさがあるから、女子高生を中心に人気を集めているのだと思う。
確かに、タピオカって口に出すと気持ちいい。
とくに「ピ」っていう半濁音が、さらに可愛さを増している。
僕はタピオカという飲み物のことが増々分からなくなった。
何がタピオカなんだろう?
何をもってタピオカ何だろう?
そもそもタピオカって何だろう?
疑問から生まれる疑問が頭の中を右往左往する。
そんなことを考えて何になる!
僕の中の僕がそうささやく。
確かに言われてみればそうだ。タピオカの正体を知ったところで、僕はタピオカを愛することしかできないのだ。もうすでに行列に並んでいるのだから、引き返すことはできないのだ。
「タピオカって何だろう?」という問いかけは、「私たちはなぜ生きているのだろう?」という問いかけと同じようなものだ。そう、つまり、必死に考えて答えが出るような問いではないのだ。
生きているから生きている。タピオカも同じように、タピオカだからタピオカなのだ。
それ以上でも以下でもない。そう、タピオカがタピオカとして、ただただそこに存在しているだけなのだ。ハイデガーもニーチェも考えない。イデア界にもタピオカなんて存在しなかったはずだ。
そう、すべてはこの情報化社会が作り上げた虚構に過ぎないのだ!
進む行列、焦る僕。
さあ、どうする?
僕は真正面からこの勝負に挑みたいと思った。
そこで僕はメニュー表を見た。
ふむふむ、なんだこれは・・・
これがタピオカの世界か・・・
ディズニーの世界では、園内に落ちているごみは夢のカケラとして言い伝えられている。それはタピオカも同じだ。揺るぎない真実にたどり着けないまま、僕はとうとう会計レジまで来た。
「抹茶ミルクをひとつください...。」
まるでカフェで普通にコーヒーを注文するときみたいな静寂なトーンで、定員さんにお願いした。
ついに、概念としてのタピオカが現実としてのタピオカに変わるときがきたのだ。
「はい!お待たせいたしました~!」
元気な店員さんの声と同時に、注文したタピオカが手元にやってきた。
これが、タピオカ...。
残酷なほど丁寧な感情が脳内からほとばしる。
人間って不思議なもので、本当に驚くときって意外と冷静だったりする。今まさにこの経験が目の前で起きている。
当たり前のように、以前からずっと飲んでいたかのように、僕は妙に太いストローと容器の中に沈殿する謎の黒い粒々を眺めながら経験と未経験の瀬戸際を何度も行き来していた。
果たしてどんな味がするのだろう?
僕は恐る恐る、ストローに唇を近づけた。
まずは、抹茶ミルクがストローを通じて、僕の喉を潤してくる。
そして、待ちに待った瞬間が訪れる。
そう、例の黒いつぶつぶだ。
ストローから透けて見える黒い謎の球体。
スーパーボールが跳ねる速さで、僕の口の中に入ってくる。
チュルッ!
この瞬間、何かと何かが繋がった。
概念が現実へと変わったのだ。
あっ!
これはタピオカだ。間違いない。まぎれもないタピオカだこれは...。
夏の暑い時期に田んぼのあぜ道を自転車で全力疾走したあの日のような。
心地よい風で風鈴が鳴って、縁側で緑茶とスイカをおばあちゃんと食べたあの日のような。
人工知能が世界を舵取り、AIに人の感情までもすべて見透かされたあの日のような。
空を飛ぶ自動車がまだ発達していなかったころは、ガソリンという燃料があったなあとおもむろに嘆くおじいちゃんのような。
そうだ、まだ経験していないことを僕は今、経験している。
未来が過去になった。
見つかったダークホールも、今では鮮明に撮影できるようになっていて、それにともない、宇宙開発事業も爆発的に飛躍して、とうとう「そうだ、ダークホールへ行こう」といった広告まで見かけるようになった。
チュルッ!チュルッ!チュルッ!
鳴りやむことない拍手喝采が、僕の口内を刺激する。
オーディエンスも満員で、立ち見まで出ている。
ああ、これはもう歴史だ。歴史の1ページを今、刻もうとしている。
統計学なんかじゃ、とても測りきれない、そんな歴史的瞬間を迎えようとしている。
地球は青かった。タピオカは黒かった。
やっと出会えた。タピオカ、ありがとう!
気付けば、僕のお腹はタピオカで満たされていた。
今日もタピオカは色んなところで経済を回している。
そう考えると、もっともっとこのタピオカブームに乗っかっていきたいと思える。
光の速さを超えるようなスピードで。
たぶん、アインシュタインもびっくりすると思う。
また飲みたいなあ、タピオカ。