Gummy Gummy Night Festival

時空を旅する

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太陽系探索6日目/ヘールポップ

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 発車のベルは、伝えられなかったあの子への気持ちやモヤモヤを埋めるかのように脳内の隙間に鳴り響く。流れていく夜景を眺めながら、無意識の向こう側にまでたどり着こうとするけれど、何も知らないから言葉の概念の輪郭をなぞることしか出来なくて、未熟な自分に途方に暮れる。言葉の輪郭をなぞるだけじゃ物事の核心には迫れない。だけど怖くて触れることができない。なぜならすべてを知ってしまったら、電車に揺られながら感じているこのふわふわとした感覚や想像力、経験もすべて失ってしまうような気がするから。考え事は半永久的に交錯し合って終わることがないけれど、“悩み”というものに対して、少ない言葉のカケラで解決策を紡いでいく作業は滑稽だけれどちょっと楽しい。

 表舞台に決して出ることのない正解のない問いを導きだすけれど、まだまだ勇気の殻は破られないまま、いつも同じ過ちを繰り返す。分かっているけれど全然分かっていなくて、それはハッキリと“行動”という形で露呈する。行動しないと、いつまで経っても夢を見て終わる。そしてそんな自分が嫌になる。それの繰り返し。でもたまに有耶無耶になって、いとも容易く勇気の殻を破れたりする。そんなときは、自分でも分からないくらい快感に包まれる。恥じらいなんてなくて、その時は一皮剥けたような気がするけれど、あくまで気がするだけ。生まれ持って積み重ねてきた性格や価値観は簡単に変えることが出来ないから、一瞬のできごとはその場しのぎ的に過ぎ去って、またいつもの自分に戻る。メンタルの皮が厚くなったように感じるけれど、即座に薄くなって元に戻る。なにか人間の心は弾性的な性質があるみたいだ。

 でもやっぱり経験や体験というものはとても強くて、考え事じゃ比較できないくらい、大きなエネルギーとなって、自分の心に宿っていく。そしてそのエネルギーは募っていければ募っていくほどかけがえのない勇気や自信に変わって、生きてゆく糧になったりする。経験や体験の類は、刹那的で一瞬だけれど、途轍もないエネルギーに変わるのは少し不思議でかつ本質的な気さえする。1対1でも1対100でも、変わらないものは変わらないなあって思う。変わるって思っている自分も他人からみればすべて一緒なわけで、それならもう格好つけて取り繕った自分なんかやめて、もう産声をあげて生まれた赤ん坊のような“素”で望むしかないような。俯瞰的に見て捉え方を変えるとある種の逃げ道を作っているように見えるけれど、これがもしかしたら、幸せになるための偉大な一歩かもしれないような気さえする。